きれいな Excel ほど AI には読めない
セルを結合して見出しをそろえ、重要な行は赤く塗った、見栄えのよい Excel 表。人には分かりやすいのですが、AI にはほとんど読めません。セルを結合すると行と列の対応が崩れ、どの値がどの項目のものか判定できなくなります。色で意味を持たせても、AI は「赤=要注意」とは分かりません。
チャットの「例の件、確認済みです」も同じです。その場にいた人なら分かりますが、主語も対象もない文は、AI にとっては存在しない情報と同じです。原則はこれです。AIエージェントが見えないものは、存在しないのと同じ。
AI が扱いやすいデータの条件は3つです。
- その記述だけで意味が分かる。
- 1つの項目に1つの情報だけが入っている。
- 情報の構造が、見た目ではなく文字として明示されている。
日々の習慣:内容の5つと管理の2つ
データを作る側の習慣として覚えます。前半はデータの中身、後半はデータの管理についてです。
中身について
- 固有名詞で書く。 「例の件」ではなく「A社の10月納品の件」。察してもらう前提の表現は AI には届きません。
- 見た目より構造で作る。 セル結合をしない、色で意味を持たせない、1セルに1データ。判断基準は「フィルタやピボットテーブルが使える状態か」です。
- 正しい入力がラクにできる仕組みを作る。 「表記をそろえてください」と呼びかけても定着しません。プルダウン、マスタ参照、選択肢の用意で、間違えにくくします。人の注意力に頼らず、仕組みで品質を担保する。この発想は運用設計全体に通じます。
- 重要な画像には注釈を付ける。 スクリーンショットだけでは AI は中身を検索できません。キャプションや説明文を添えます。
- 日付とカテゴリタグを入れる。 最終更新日があれば、古い情報を検索から除外できます。カテゴリだけ人が付け、細かいタグは AI に自動で付けさせる分担が現実的です。
管理について
- バージョンはファイル名ではなく履歴機能で管理する。 「規程_v2_最終_修正版.docx」のように版違いが並ぶと、RAG は旧版と最新版を区別できません。履歴機能で常に最新版だけを参照対象にします。
- AI が届く場所に置く。 個人のパソコンやメールの添付に埋もれた文書は参照できません。データの品質と同じくらい、置き場所が重要です。
調査会社の Gartner は、AI が使える状態のデータを「正確性」「可視性」「追跡可能性」「安全性」の4つで整理し、データの不備で AI プロジェクトの多くが中止されると予測しています。上の習慣は、この4つを日常の作業に落としたものです。
ドリフト:放っておくと静かに劣化する
ナレッジベースを一度作って放置すると、現実の方が変わっていきます。規程は改定され、担当者は替わり、手順は変わる。AI は古い情報を自信を持って返し続け、回答の品質が徐々に落ちます。これがドリフトです。ナレッジベースを「作って終わりの静的なもの」として扱うことが、品質劣化の最大の原因です。
対策は更新の流れを決めておくことです。①変更を検知する(更新日時やバージョン履歴の差分を使う)、②変わった文書だけを再登録する(全部を作り直さない)、③古い情報を除外する(旧チャンクを削除または無効化し、適用開始日や有効期限を付ける)、④更新前と同じ質問で答えを比べ、意図しない劣化がないか確認する。
更新の仕方は文書の性質で分けます。IT マニュアルや FAQ のように更新が多く形の決まった文書は自動更新。就業規則や契約書のひな形のように更新は少ないが影響が大きい文書は定期的な棚卸し。業務プロセスや組織の変更のように文書の更新では捉えきれない変化は、現場が「古くなった」と気づいた時点で申請するフィードバックループで拾います。
試験では「旧版と新版が両方残っていて、旧版の情報が回答された」事例の原因を問う問題が出ます。答えは「旧版の無効化という鮮度管理が行われていなかった」です。
既存データの整形:全部やろうとしない
「過去のデータを全部きれいにしてから始める」は罠です。導入する業務と、RAG で参照する範囲を先に決め、その範囲だけを優先的に整形して、まず動かします。
優先順位の付け方は、量が限られていて、参照頻度が高いものから。たとえば現行の手続き案内 30 件と社内 FAQ 120 件は整形し、過去5年分の問い合わせメール数万件は無理に遡らず、今後の記録から新しいテンプレートで蓄積する、という判断です。
ナレッジの元になる文書にも優先順位があります。社内規程・製品仕様書・公式マニュアルのような一次的な文書を最優先で入れ、会話ログや個人メモのような二次的な情報は「直近1年以内」「特定のチャンネルだけ」のように条件を付けて入れます。機密レベルの違うデータを同じナレッジベースにまとめず、アクセス権限に応じて分けるのも基本です。
AI にメタデータを自動で付けさせる機能もありますが、基本の整備ができていなければ精度は安定しません。AI が叩き台を作り、人が確認・修正して確定する(Human-in-the-Loop)という分担にします。
試験で問われる観点
- 旧版と新版が両方存在して旧情報が回答された事例の原因(旧版の無効化という鮮度管理が未実施)。
- 量の異なるデータ資産の整形の優先順位(量が限定的で高頻度に参照されるものを優先、大量の過去履歴は今後の記録から新テンプレートで蓄積)。
- AI によるメタデータ自動付与の運用方針(AI が叩き台、人が確認・修正して確定)。
- 回答品質を上げるアプローチとして最も効果的なもの(モデルの変更より、データ品質・入力ルール・チェック体制の整備)。
- 人の注意力に頼らず、入力の仕組みで品質を担保する。