「このデータ、AI に入れていいんですか」
社員から必ず出る質問です。答えられないと、現場は怖くて使わないか、逆に何でも入れてしまいます。どちらも事故につながります。この問いに組織として答えるのが AI ガバナンスです。
AIガバナンスは、AIエージェントをどう利用し、管理し、監督するかを定めた体制・ルール・プロセスの総称です。AIエージェントは一部を自律的に判断して動くので、誰がどこで何のために動かしているかを把握していないと、問題が起きたときに原因を特定できません。ここは第1章のブラックボックス化リスクとつながります。
AI ポリシーと利用ガイドライン:方針と、現場の判断基準
AIポリシーは、組織としての利用ルールを文書にしたものです。核心は 入力を許可するデータと禁止するデータの明確な定義です。
- 許可の一般例: 公開情報、社内 FAQ、一般的な業務文書
- 禁止の一般例: マスキングしていない個人情報、未公開の財務情報、営業秘密
ただし、万社共通の正解はありません。業種、扱う情報の機密レベル、クラウド型かオンプレミス型か(データが社外に出るかどうか)、適用される法規制で、企業ごとに大きく変わります。他社のテンプレートをそのまま流用するのは誤りで、法務・セキュリティ・事業部門と協議して自社用に作ります。作ったら終わりではなく、半年から1年に一度の見直しを運用に組み込みます。
利用ガイドラインは、ポリシーを個々の社員が日常業務で判断できる具体的な行動レベルに落としたものです。「個人情報を入れない」では判断できません。「顧客名はイニシャルに置き換える」「口座番号は入力欄に貼らない」「迷ったら情報システム部の〇〇に確認する」のように、何を・どうすれば・誰が確認するかまで書きます。ガイドラインの質は具体性で決まります。
3つの法的リスク
- 著作権リスク: 学習データに含まれる著作物の権利と、生成物の権利帰属の問題です。現時点では「AI の出力そのものには原則として著作権が発生しない」とする見解が主流ですが、人が創作的に関与した場合は認められる可能性があります。解釈は変わり続けるので、法務と継続的に確認します。
- 個人情報保護法リスク: 個人を特定できる情報を外部の AI サービスに送る場合、利用目的の明示、本人の同意、安全管理措置が必要です。送る前に氏名や口座番号を伏せるマスキングは、この要件への具体的な対応策です。
- 責任分界点のリスク: AI が誤った判断をしたとき、誰が責任を負うかに答えられていないリスクです。AI に法的責任を負わせることはできません。 だから、人が確認・承認してから実行する Human-in-the-Loop で「AI の判断をそのまま実行したわけではない」状態を作り、設計者・承認者・経営者それぞれの責任範囲を文書にします。責任分界点は導入前に決めます。自動回答なら運用管理者が、担当者が確認して送る設計なら確認して送信した時点で担当者に責任が移る、といった形です。
法務部門に「翻訳」して伝える
技術の説明をそのまま法務に伝えても、判断材料になりません。法務が判断できる言葉に翻訳するのがストラテジストの仕事です。
- 「RAG で社内文書を参照して回答します」→ 「社内文書のテキストが外部の AI サービスに送信され、その内容を参照して回答が生成されます。個人情報・未公開の財務情報・営業秘密が含まれる場合は、個人情報保護法への対応と情報漏えいリスクの評価が必要です」
- 「ハルシネーションがあります」→ 「誤った回答で業務上の損害が出た場合、使用者責任が問われる可能性があります。回答精度の合格基準と、誤回答時の免責事項の設計が必要です」
逆に「AI が社内文書を学習して知識を更新します」という説明は、RAG では学習は起きないので事実と違い、法務に「社内データがモデルに取り込まれる」という誤解を与えます。
AIエージェント台帳(第1章)に記録する項目は、エージェント名、目的、管理者、使用 LLM、入力データの範囲、出力の利用範囲、アクセス権限、更新頻度、最終監査日です。四半期に1回棚卸しして、登録外のエージェントがないかを確認します。
ガバナンスは導入を止めるためのものではありません。リスクを見える化し、許容できる範囲で管理しながら安全に使うための土台です。
試験で問われる観点
- AI ポリシー策定の正誤: テンプレート流用は誤り、クラウドとオンプレミスで内容は同じでよいは誤り、定期的な見直しは必要。
- 技術説明を法務向けに翻訳した表現の適切さ。「学習して知識を更新する」は RAG の説明として誤解を招く。
- 自動回答の誤りで損害が出た場合の責任の所在: AI ではなく、ポリシーで定めた責任分界点に従って運用管理者または組織。
- 3つの法的リスク(著作権、個人情報保護法、責任分界点)と、それぞれの対策(法務との継続確認、マスキング、Human-in-the-Loop)。
- 利用ガイドラインの質は具体性で決まる。