普通のシステム開発と何が違うのか
経費精算システムを作るなら、「何を作るか」は決まっていて、不確かなのは「どう作るか」だけです。AI プロジェクトは違います。「そもそも AI がこの課題を解けるのか」が分からないまま始まります。 不確実性は3種類あります。
- 技術面: 自社のデータの質・量・ばらつきによって、期待した精度が出ないかもしれない。
- 業務適合: 技術的に動いても、実際の業務の流れの中で使われ、受け入れられるとは限らない。
- 効果: 効果は導入後の使われ方に左右され、稼働前には確定できない。実測が必要。
だから、本番の前に小さく試す PoC(概念実証) が欠かせません。アジャイル開発は「何を作るかは分かっている」前提で実装を繰り返す手法なので、AI が解けるかという問いには答えません。デザイン思考は課題発見に強いが、AI の試作結果(精度は十分か、定着するか)を評価する枠組みを持ちません。どちらも「この PoC は合格か、やり直しか、撤退か」を決める基準を与えてくれないのです。
A フェーズと B フェーズ、その間の判断ゲート
AI プロジェクトは2つのフェーズで構成します。
- A フェーズ=実験(PoC): 小さく試して、解けるか・使われるか・効果が出るかを確かめる。繰り返すことが前提。
- B フェーズ=本運用: 要件定義、システム開発、導入。
最も重要な設計思想は、A から B への移行を判断ゲートで制御することです。判断ゲートとは、次に進む前に「条件がそろっているか」を確認する意思決定の地点です。そろっていなければ前に戻るか、継続そのものを考え直します。ゲートを省いて「とりあえず進む」と、プロジェクトは迷走します。
A フェーズの5ステップ
ステップ1 初期相談。 「AI で効率化したい」は課題ではなく、手段の指定です。確認する問いは3つ。いま何に困っているか、解決されたら何が変わるか、いまはどう対処しているか。要望が漠然としている、あるいは AI が解くタイプの課題でないなら、ここで立ち止まるのが正しい判断です。ゲート: 課題が具体的に言葉になっているか、関係者が課題認識を共有しているか。
ステップ2 業務分析・現場視察。 最も重要な工程です。資料を読んで仮説を作り、ヒアリングで文書にない判断基準や例外を聞き、現場を見て無意識の判断やツールの実際の使い方を確かめます。ここで大事なのは 観察であって提案ではないことです。この段階で改善案を出し始めると、事実の把握と改善の議論が混ざります。明らかにすべきは、現状の業務の流れ、AI と人の切り分け、必要なデータの有無・品質・アクセス可否、現場の懸念、そして「何が達成されたら効果があったと言えるか」です。ゲート: 実現可能性の見通し、データの存在と利用可否、成功の定義の合意。
ステップ3 提案・スコープ設計。 課題の範囲、現状とあるべき姿、MVP(Minimum Viable Product、検証できる最小限のもの)、効果検証の方法を設計します。最大の落とし穴は範囲の広げすぎです。最初の PoC は「最も課題のインパクトが大きく、最も実現の見通しが立っている一点」に絞ります。ゲート: スコープが一点集中か、効果検証の方法が事前に定義されているか、関係者が合意しているか。
ステップ4 モデル開発・MVP 開発。 原則は「作り込みすぎない」。目的は立派なシステムではなく、検証できる状態を作ることです。精度が出なければきれいな画面は無意味で、精度が出ればシステムは後から作り直せます。
ステップ5 効果検証。 事前に決めた方法で測ります。 結果を見てから基準を決めると、無意識に都合のよい基準になります。定量検証(正答率、削減率、処理時間を事前の基準と照合)と定性検証(現場の担当者に使ってもらい、使いやすさ・信頼感・業務への組み込みやすさを評価)の両方を行います。ゲート: 定量基準を満たすか、現場が「使える」と判断するか、本番開発の投資対効果に合意があるか。
結果は3通り:合格、修正、撤退
- 合格: B フェーズへ進む。
- 修正が必要: 課題を特定して A フェーズを繰り返す。定量基準を達成しても、定性評価で「使いたくない」と出たら、理由を特定して A フェーズをやり直します。研修で何とかなると考えて本運用に進むと、「動くが使われないシステム」ができます。
- 見通しが立たない: 撤退を判断する。撤退は失敗ではありません。小さく失敗を見つけて大きな損失を防いだ成果です。
一度の PoC で合格するケースは少数です。繰り返すこと自体は失敗ではなく、AI プロジェクトの正常な進み方です。
B フェーズに入ると、PoC では目をつむっていたセキュリティ、性能、障害対応、運用監視、ユーザー管理がすべて本番要件として浮上します。開発を社内でやるか外部に委託するかは、技術力・コスト・スピードで判断します。そして、技術的に完成することと現場に定着することは別物です。研修、サポート体制、フィードバックの受け皿が定着率を左右します。
試験で問われる観点
- 「〇〇を自動化したい」という要望を受けた時点で最初に取るべき行動(課題・成果イメージ・現状の対処を深掘りする)。
- 業務分析・現場視察の段階で最も不適切な行動(この段階での改善提案)。
- 定量基準は達成したが定性評価で「使いたくない」と出た場合の判断(理由を特定して A フェーズを繰り返す)。
- 判断ゲートの意味と、省略したときに起きること。
- 最初の PoC は一点集中。範囲の広げすぎが最大の落とし穴。