理想のフローを先に描いて、使われなかった話
ある会社が、AI を使った理想の受注処理フローを描き、そのとおりにシステムを作りました。完成後、現場は使いませんでした。理想のフローには、現場が毎日やっている「取引先ごとの例外対応」と「電話での納期確認」が入っていなかったからです。失敗の根本原因は技術ではなく、現状を理解する前に理想から入ったことです。AI プロジェクトは、技術に感動して理想から入る失敗が特に多い分野です。
AI が置き換えるのは「作業」
業務は3つの階層で見ます。
- 仕事: 果たすべき目的や役割の全体。「顧客に商品を確実に届ける」
- 業務: その目的のために組織が繰り返す一連の流れ。「受注処理」「経費精算」
- 作業: 業務を構成する具体的な行為。「注文内容を Excel に入力する」
AI が直接置き換えるのは作業です。しかし、その作業が業務の流れのどこにあり、何のためにあるのかが分からなければ、適切に設計できません。「AI で自動化する」という判断を業務単位で下すのは粗すぎて、作業レベルまで分解する必要があります。
IPO:入力・処理・出力で業務を見る
IPO は、業務を Input(入力)・Process(処理)・Output(出力)の3要素で捉える見方です。目的は「業務全体を AI に置き換えられるか」ではなく、「どの Process の中に AI が担える作業があるか」を見つけることです。入力の質が低ければ、後ろの AI の精度も上がりません。
As-Is 分析:いまの姿を、ありのままに
As-Is 分析は、業務の現在の姿を IPO に沿って正確に記録することです。誰が、何を、どのように、どんな順序でやっているかを、評価や改善案を混ぜずに書きます。手法は5つあります。
- プロセスウォークスルー(現場観察): 画面共有や動画で実際の作業を記録する。本人が言葉で説明できない無意識の作業は、これでしか拾えない。
- 5W1H ヒアリングシート: Who・What・When・Where・Why・How で聞く。Why に答えられない工程は、AI 化より前に廃止を検討する候補。
- スイムレーン図: 横軸に時間、縦軸に担当者や部署を置いて流れを描く。待ち時間や情報の抜けが一目で分かる。
- マニュアルと実態の差分確認: マニュアルどおりにやっていない部分に、暗黙知が凝縮されている。
- 時間計測(タイムスタディ): 体感ではなく実測する。時間がかかるのに価値が低い工程が AI 化の優先候補。
As-Is の段階では改善案を混ぜないのが鉄則です。「ここは AI にすれば早くなるはず」と書き足すと、事実の把握と改善の議論が混ざります。試験では、4つの As-Is 記録のうち改善提案や効果予測が混入している不適切なものを選ばせる問題が出ます。
As-Is の精度を高めるには、マニュアルをそのまま採用するのでも、理想のフローをヒアリングするのでもなく、画面共有や動画で実際の作業を観察するのが正解です。
To-Be 分析:あるべき姿を設計する
To-Be 分析は、あるべき姿を IPO に沿って設計することです。最重要の原則は、既存業務をそのまま置き換えないこと。手法は4つあります。
- ECRS による工程の取捨選択(次の節で詳しく扱います)
- AI の役割と Human-in-the-Loop の設計
- To-Be のストーリーボード: 使う人の視点で場面を書き出し、操作の手間、確認のタイミング、エラー時の対応といった実装上の課題を事前に見つける。
- KPI とのひも付け: 作業レベルの改善が、業務の指標や経営目標にどうつながるかを示す。
AI と人の役割分担は3つの基準で決めます。ルールが明確で繰り返し発生するものは AI、判断に例外が多く文脈への依存が強いものは人、誤ったときのリスクが高いものは Human-in-the-Loop(AI が処理し、人が最終確認する)。To-Be ではすべてを自動化せず、引き継ぎの判断や最終確認は意図的に人に残します。
ギャップ分析と、守るべき順序
ギャップ分析は、As-Is と To-Be の差分を明確にし、何を変えれば理想に到達できるかを特定することです。このギャップが、導入の具体的な要件になります。
順序は As-Is → To-Be → ギャップ分析。これを崩してはいけません。To-Be を先に描くと、冒頭の失敗のように現実離れした理想像になります。導入はツール選定からではなく、業務構造の理解から始まります。
試験で問われる観点
- 理想の業務フローを先に描いて構築したが使われない失敗の根本原因(As-Is を飛ばして To-Be から入った)。
- As-Is 分析の精度を高めるアプローチ(画面共有・動画による観察。マニュアルそのまま、理想フローのヒアリングは誤り)。
- As-Is の記録のうち、改善提案や効果予測が混入している不適切な記述の特定。
- As-Is/To-Be/ギャップ分析の定義・役割・順序。
- AI と人の役割分担の3基準(明確で反復=AI、例外多く文脈依存=人、高リスク=HITL)。