第6章は「全部をつなげる」章
第1章から第5章までで、AI の仕組み、業務の見方、データ、ワークフロー、組織を学びました。第6章は、それらを1つの導入プロジェクトの流れに沿って使う章です。その流れを5つのステップで整理したものが 5D モデルです。
| Step | 名前 | 一言で |
|---|---|---|
| 1 | Discovery(発見・選定) | 何を自動化するかを決める |
| 2 | Definition(定義・構造化) | 要件を設計に渡せる形にする |
| 3 | Design(設計・プロンプト) | どう実現するかを技術設計に落とす |
| 4 | Development & PoC(開発・検証) | 試作して、隔離環境で検証する |
| 5 | Deployment & Scale(展開・定着) | 本番に出して、広げて、根づかせる |
各 Step は独立した知識ではなく、前の章の内容を使う場です。Discovery では業務分析(第2章)、Definition では業務分解とコンテキスト設計(第2・4章)、Design では RAG とセキュリティ(第3章)、Development では Human-in-the-Loop、Deployment ではチェンジマネジメント(第5章)が登場します。
この章では、賃貸物件を管理する不動産管理会社を例に、5つの Step を順に追います。入居者から届く「給湯器からお湯が出ない」「ドアの鍵が回りにくい」といった修繕依頼の受付を題材にします。
Discovery がやること、やらないこと
Discovery は「何を自動化するか」を決める段階です。設計図は書きません。試作もしません。組織の中で最もインパクトが大きく、かつ AI に向いている業務を見つけることだけに集中します。やることは3つです。
1. ボトルネックを見つける
ボトルネックは、業務全体の生産性を押し下げている最も弱い箇所です。「処理に時間がかかりすぎる」「ミスが頻発する」「特定の人に依存している」「反復的で付加価値が低い」といった特徴を持つ業務を洗い出します。限られた予算と人で進める以上、インパクトの大きい箇所から着手しないと投資対効果は出ません。
ここでは業務の詳細な構造化まではしません。「どこに問題があるか」を見つけるのが Discovery で、手順への分解は次の Definition の仕事です。この粒度の違いが、Step1 と Step2 の境界線になります。
2. AI に向いているかを診断する
ボトルネックだからといって AI 化すべきとは限りません。AI 適合性を3つの基準で診断します。
- 非構造化データの処理を含むか。 メールの文面、報告書、写真を読む業務は LLM の最大の強み。表の検索や集計が中心なら従来のシステムで十分。
- 文脈に応じた判断が必要か。 手順が完全に書ける業務はルールベースの自動化が向く。文脈を読んで柔軟に対応する業務が LLM の出番。
- ある程度のミスが許容できるか、または人の確認で補えるか。 LLM の出力は確率的で、100% は保証できない。ミスが許されない業務は適合性が低く、人の確認で補える業務は高い。
逆に AI 適合性が低い業務は、法的に 100% の正確性が要求される業務、対人関係や共感が本質の業務、極秘データで外部 API に送れない業務、物理的な操作を伴う業務です。
「ボトルネックであり、かつ AI に向いている」という2段階のフィルターが Discovery の核心です。
3. 優先順位マトリクスで最初の1つを決める
候補が複数あっても同時には着手しません。各候補を 「期待できる効果の大きさ」と「実現のしやすさ」 の2軸で並べます。
- 効果が大きく、実現しやすい → 最優先。短期間で成果を示せる。
- 効果は大きいが、実現が難しい → 中長期の検討対象。すぐには手を出さない。
- 効果が小さい → 後回し。
最初に選ぶ「短期間で成果を出しやすい対象」を クイックウィンと呼びます。選ぶ基準は、短期間で成果が出る、成果を数字で示せる、低リスクで実施できる、の3つです。
修繕依頼の受付で見る
不動産管理会社の管理部門に、入居者から月 1,200 件の修繕依頼がメールと Web フォームで届きます。担当者4名が1件 15 分かけて内容を読み、緊急度を判断し、対応する業者を選んで手配しています。月 300 時間がここに集中し、繁忙期は初回連絡まで2日かかって、入居者からの苦情とオーナーからの信頼低下につながっています。これがボトルネックです。
AI 適合性を見ます。依頼は自由記述の文章と写真で、非構造化データが大半です。「お湯が出ない」が給湯器の故障なのかガスの元栓なのかは文脈から読む必要があり、ルールだけでは処理できません。そして、AI が出した緊急度と業者の候補を担当者が確認してから手配する設計にすれば、ミスは補えます。適合性は高いと判断できます。
最初の対象には設備の故障に関する依頼(給湯器、エアコン、水回り)を選びます。依頼の種類が限られていて分類の精度が出やすく、件数が最も多くて効果が大きく、対応する業者の選定基準が比較的明確だからです。一方、騒音や近隣トラブルの相談は対人関係の調整が本質で、AI 適合性が低くなります。まず設備故障で精度と運用を確かめ、対象を段階的に広げる。これが MVP アプローチです。
ただし注意点があります。入居者の属性(国籍、年齢、契約形態)によって AI が緊急度の判定や対応の優先度を変えてしまう公平性のリスクです。この対策は Step3 Design のセキュリティ設計で扱います。
試験で問われる観点
- 4つの業務のうち AI 適合性が最も高いもの(非構造化データ+文脈判断+人の確認で補える)。業者のスケジュール調整は定型処理、大規模修繕の投資判断はミス許容度が極めて低い、鍵の交換作業は物理作業。
- 複数の候補の優先順位の付け方(効果の大きさ × 実現のしやすさの2軸。技術的に難しいものから、経営層の関心、全部同時、は誤り)。
- 最初の対象の選定根拠(種類が限られて精度が出やすく、件数が多くて効果が大きい)。
- Discovery と Definition の境界線(問題の発見までが Discovery、手順への分解は Definition)。
- 5D の5ステップの名前と順序。